江戸の書簡を読んでみよう(泉川文書02-02)

泉川茂八郎のもとに届いた、九州遊学時代の「悪友」からの手紙を読んでみる第2回。
読み間違いなど多数あるものと思われ、コメントなどでご指摘頂きたく伏してお願い申し上げます。
もくじ
翻刻案(自信なし)
①誠ニ一別以来書状等差上
②不申、御存無之候と奉存候。
③且野生一昨年帰省仕未タ
④部屋住ニテ待夜(?)丸山等ニ
⑤すねふりニ参り候儀御憐
⑥察可下候。如斯仕候テ消書
⑦■之事残念ニ奉存候。
読み下し(自信なし)
①まことにいちべついらい しょじょうなどさしあげ
②もうさず、ごぞんじこれなくそうろうとぞんじたてまつりそうろう。
③かつ やせい いっさくねん きせい つかまつり、いまだ
④へやずみにて、???まるやまなどに
⑤すねふりにまいりそうろうぎ、ごれん
⑥さつくださるべくそうろう。かくのごとくつかまつりそうろうて しょうしょ(?)
⑦???のこと、ざんねんにぞんじたてまつりそうろう。
意味(自信なし)
①ほんとうに おわかれしてからお手紙もさしあげ
②いたさず、いろいろとごぞんじなかろうとおもいます。
③また、わたくしは一昨年帰省して、今も
④実家暮らしでして、???に丸山遊郭などに
⑤ひやかしにまいりましたこと、
⑥可哀想と思ってやってください。このように暮らしていて、勉強の
⑦????の事、残念に思っております。
悩みどころやアレコレ
①「差上」は基本的頻出語。ですが、古文書の「差」って、縦に長すぎると思いませんか?
活字時代の我々の目には複数の文字群にみえて、一瞬「ん?」と躊躇うんですよね。
「御存無之候と奉存候。」も少し意味がとりにくいです。
単文としては全く明快で、「ご存じないだろうと思います」でありましょう。
が、ここで「之」が何を示しているのか。
前回読んだ「お勉強(笑)してます」のこと?
「之」の後に続く文の「おととし実家に戻りましてね…」のこと?
それとも、「お手紙差し上げなかったからいろいろとご存じないですよね」という大雑把な意味?
今ひとつ決め手に欠けますが、上では3つ目の読み方で訳してみました。
もしかして「ご存知之無く候と存じ奉り候」の読み自体が間違っているのかしら。
「ご存知」を「ご存」で処理するのも普通なのかどうか自信の持てない初心者です。
②最初の文字は「且」でしょう。
しかしここに「且」に鎮座頂いても、どうして「さらに~」「また~」なのかピンと来ません。
「書状を差し上げず、その後のこと、ご存じないでしょう。その上私は~」という流れだと思うのですが、ここに「且」を置いた書き手の心の流れをはっきり捉えた手応えはありません。
とはいえ文字列自体は意味明瞭。
かつて泉川茂八郎とともに学んだ塾から、書き手氏(仮に『丸山くん』と名付けます。由来は後段で明らかです)も一昨年、郷里に帰った、ということですね。
つまり「御一別」は一昨年以前のことであり、この手紙も数年ぶりの物、ということになります。
③「部屋住み」を改めて辞書で調べてみると(デジタル大辞泉)
・家督相続前の嫡男。
・次男以下で分家・独立をせず、親または兄の家にとどまっている者。
概ねこのような意味が出てきますが、さて。
江戸時代の部屋住みたちが悲惨だったとはよく聞く話。
とはいえ、個々の人生、家庭、地域、時代によって千差万別でしょう。
丸山君の「部屋住み」は、今でいうところのどんな言葉がそれらしかったのだろうか。
「親と同居」?
「アルバイター」?
「ニート」?
「ひきこもり」?
ニートか、「大学は出たけれど」な感じが、まあ近いのかなあ????と想像してみます。
そしてこの丸山君、暇に任せて、丸山遊郭へ冷やかしに出かけているようです。
そもそもこの手紙、「向暖之砌」云々とシャチホコばって始まるものだから、どんな堅物が書いているのかと思って読み進めてきましたが、堅物どころかなかなかのナンパ青年であることがわかり、「ああ、古文書は手紙に限る!」その思いをつくづくと強くしました。
もちろんその時の「紙の底に人間が見えた!」な感動が、書き手氏を「丸山君」と呼ぶ所以であることはいうまでもありません。
④丸山遊郭といえば長崎。つまり丸山君は長崎の人ということになります。
泉川茂八郎は香川県高松近郊の出で、若く家を飛び出し亀井南冥や広瀬淡窓の下で学びました。
四国から九州へ遊学したわけで、その時の同窓生が長崎人なのはとてもよくありそうなことです。
実家で逼塞して丸山へ繰り出すのも、血気盛んな若者にはありそうなこと。
とはいえ、「丸山」を「丸山遊郭」と即断して良いものなのか?とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。
たしかに。
しかし「すねふ里」のひらがな4文字が丸山を丸山遊郭に確定するキーとなります。
すね‐ふり【脛振り】 ①侠客。おとこだて。(和訓栞) ②(長崎・福岡地方で)客が遊郭をひやかして歩くこと。そぞろ歩き。東海道中膝栗毛8「たんだ此の廓ども、―にづらんばいと言ひおつたのじや」
広辞苑
ははあ。すねふりとは遊郭を冷やかして歩くこと。しかも長崎、福岡地方の方言だそうです。
丸山君がこうした話題をあげるということは、泉川茂八郎先生もけっしてキライな口ではなかったのだろうと思われます。泉川茂八郎が四国の出であることは丸山君も知っていたはずですから、友人がすっと理解出来ない方言を数年ぶりの手紙に書くとは思いにくい。
遊学時代もよほどみんなで「すねふり」したんでしょう。
そんな「志」から遠い今の自分を「御憐察下さるべく候」の「憐察」が難しいですが、自嘲的な「哀れんでやって下さい」「同情してやって下さい」といったところでしょうか。
ところで、「■■丸山等」の■2文字が理解しかねております。
「待夜」に読めますが、その意味がとりにくい。これが「毎夜」ででもあれば、ははあ連日のご出勤で。と腑にも落ちますが、待夜。はて。これもいずれ図書館の大辞典であたらねばなりますまい。
手近なインターネットの検索によれば、待夜=逮夜であって、お通夜だの命日の前日だのといった言葉が出て来、そこから地域によってはちょっとした伝統行事のことをいうようでもあるのですが、果たして?
⑥「こんな日々を送っておりまして、」その次の文字は前回出てきた「消書」と同じであろうと当たりをつけつつ、しかし「消」にいささか線が多いようにも見えます。
が、⑥⑦の文意としては、「こんな日々を送っていますので、お勉強もなかなかはかがゆかずに、残念なこととお恥ずかしく思っております」といったところであろうと当たりをつけていますが、「消書」に加えて、⑦行目頭の1字が読みにくい。
人偏のように見えますが、判読が出来ません。
字形は明らかなので、つまりここは児玉幸多「くずし字解読辞典」にあたるに限る。
しかしこの辞典、初心者にはなかなかの難攻不落で、使いこなすまでの道のりが長い。
私はまだその道の半ばにも至っていない、というわけで、ひとまずは今後の宿題ということにさせて頂きましょう。
雑感
というわけで泉川文書02の第2回はこれでおしまい。
丸山君のポップなお話はもう少し続きます。




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